倉敷・総社 地名伝説

倉敷・総社の地名の謎に迫ります。あなたは知っていましたか?


第六番 下津井 〜しもつい〜

 古代から中世にかけて、海運、軍事の重要拠点として発展し栄えた港町、下津井。下津井蛸が有名なこともあり、港の近くでは11月頃から蛸を天日干しする風景が見られます。

 この地域が下津井と呼ばれるようになったのは江戸時代末期。下津井の由来は、「吉備児島の下の津」、かつての中心であった郷内地区からもっとも下に位置する港の意味であったといわれています。

 下津井と呼ばれる以前は、「長浜」という地名でした。これは文字通り、浜辺が長く続いていたことを意味しており、大畠、田之浦、吹上、下津井のエリアを総称して、下津井四ヶ浦とも呼ばれていたそうです。

 現代でも漁師町としての趣を残していますが、下津井港の背後にある標高89メートルの城山跡では、春になると約300本のソメイヨシノやヤマザクラが目を愉しませてくれますし、瀬戸大橋が架橋されてからは、景観の良いスポットとして人気を集めています。

 ちなみに、「下津井」に対して、「上津井」という地名もあるのか? と調べてみましたが、その地名はありませんでした。



★福茶葉(Classsメイト)
倉敷市在住9年目。旦那様と3人のチルドレンとMr.Childrenをこよなく愛するチルオタ。
「くらしき」という雅趣に富んだ響きに感銘を受ける。座右の銘は「人生バラ色」。

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