倉敷・総社 地名伝説

倉敷・総社の地名の謎に迫ります。あなたは知っていましたか?


第十三番 玉島 〜たましま〜

 倉敷市の古い町並みを残している港町が玉島地区です。かつては玉島市という独立した市でしたが、昭和42年に倉敷市と合併しました。

 玉島の地名の由来に登場するのは神功皇后です。仲哀天皇の妻であった神功皇后は朝鮮新羅へと遠征するために難波の港(現在の大阪府)から出航し、瀬戸内海を航海して新羅に向かったと言い伝えられています。

 瀬戸内市の牛窓や玉野市の胸上の地名にも関わるエピソードを残した方です。神功皇后はこの途中、まだ島だった玉島に船を止め、ここを訪れた際、綺麗な光る玉を拾われ、これを喜び、この地を“玉島”と名付けました。

 また、現在のように陸続きになる以前は島が点在していたので、その様子を例えた表現だとも伝えられています。
倉敷市には「島」が付く地名が多いのですが、これは干拓によって地続きとなっていて、かつて島だったという名残です。

 北部の丘陵地は岡山県内有数の果樹栽培の盛んな地域で、西部の黒崎地区は水産業及び、ハエ取りリボンなどの産業が盛んです。ハエ取りリボン、若者には馴染みがないかもしれませんね。



★福茶葉(Classsメイト)
倉敷市在住9年目。旦那様と3人のチルドレンとMr.Childrenをこよなく愛するチルオタ。
「くらしき」という雅趣に富んだ響きに感銘を受ける。座右の銘は「人生バラ色」。

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