倉敷・総社 地名伝説

倉敷・総社の地名の謎に迫ります。あなたは知っていましたか?


第十四番 児島 〜こじま〜

 児島はかつて吉備国および、備前国児島郡にあった歴史的地名です。JR児島駅周辺を古くは「野崎浜」と呼んでいました。

 この地で活躍した「塩田王」こと野﨑武左衛門が最初に塩田を作ったのがこの地でした。現在では開発が進み、この辺りが浜辺であった面影はありませんが、海のそばに倉敷市の文化財である「旧野崎浜灯明台」が残されています。塩田のために開発した地が、味野と赤崎の二つの地区に跨っていたので生まれた合成地名です。野﨑家の名字はこの塩田の名前から名乗ったものなのです。

 児島地区のボートレース場がある辺りの地名を「元浜町」と呼びます。元浜町の地名も野﨑家による塩田開発に由来するものです。

 児島塩生という地名がありますが、なんと読むのでしょう。「シオナマ」でも「エンショウ」でもなく、正解は「シオナス」。字の如く、古くから塩田があり、塩の生産地だったといわれています。地面を掘り下げていくと古い塩田の跡が埋まっているのだそうです。

 昭和63年には瀬戸大橋が開通し、児島は四国に繋がる本州の玄関口となりました。



★福茶葉(Classsメイト)
倉敷市在住9年目。旦那様と3人のチルドレンとMr.Childrenをこよなく愛するチルオタ。
「くらしき」という雅趣に富んだ響きに感銘を受ける。座右の銘は「人生バラ色」。

月間くらしきクラス/TOPへ戻る