倉敷・総社 地名伝説

倉敷・総社の地名の謎に迫ります。あなたは知っていましたか?


第十二番 総社 〜そうじゃ〜

 総社という地名は平安時代、備中に散在していた300余りの神社をひとまとめに祀って作られた神社に由来しています。

 備中国国司が毎年これらを巡拝することが困難となったための措置でしたが、戦国時代頃には「総社宮」と呼ばれ、八田郡といわれていたこの町は維新後、次第に「総社」という呼び名になりました。

 明治29年(1896年)、「総社町」となり、昭和29年(1954年)には合併促進法で近郷の村々と合併して「総社市」となったといわれています。
平成17年(2005年)、都窪郡山手村、清音村が合併しました。

 聖武天皇の発願によって創建された国分寺の1つ、備中国分寺。
境内にそびえる五重塔は、県内唯一のもので吉備路の代表的な景観となっています。

 総社市制施工30周年を記念して造られた「むかし公園」をご存知でしょうか。
歴史の息吹を取り入れた新しい形の公園で、入り口には埴輪があり、弥生時代のものを複製した竪穴式住居や、公園の真ん中には大きな前方後円墳があります。

 前方後円墳はタイムカプセルになっていて、2055年に開けられるとのこと。その頃には何歳になっていることでしょう。



★福茶葉(Classsメイト)
倉敷市在住9年目。旦那様と3人のチルドレンとMr.Childrenをこよなく愛するチルオタ。
「くらしき」という雅趣に富んだ響きに感銘を受ける。座右の銘は「人生バラ色」。

月間くらしきクラス/TOPへ戻る